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【日航機墜落事故 陰謀】森永卓郎「自衛隊と米軍の不可解な行動。緘口令にミサイル誤射?」 [You-Tube動画]

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【日航機墜落事故 陰謀】森永卓郎「自衛隊と米軍の不可解な行動。緘口令にミサイル誤射?」
 / 「ドーン、ドーン、ドーン」鮮明になった3回の爆発音



【日航機墜落事故 陰謀】森永卓郎「自衛隊と米軍の不可解な行動。緘口令にミサイル誤射?」

 2015/08/17 に公開

 日航機墜落事故の陰謀説。森永卓郎さんは「自衛隊と米軍のヘリは2時間後には、事故現­場に来ていたのに引き返した」と言います。

 NHKの特番でも、救出のため現場到着に16時間も掛かってしまった検証番組を放送。

 21年前の、ニュースステーションで放送した「米軍幻の救出劇」という番組にも触れ、米軍パイロットが、横田基地から「帰って来い」命令を受け、「今回のことは誰にも話す­な」と上官から言われたなどのエピソードも紹介。

謎だらけの日航ジャンボ機123便の墜落だが、自衛隊のミサイル誤射の隠蔽という陰謀説も・・・。

森永卓郎さんは、
「凄いニュースをすべてのメディアが無視している」と頭を捻っていました。

メインパーソナリティー:大竹 まこと
月曜日パートナー   :辺見 えみり
ゲスト     :森永 卓郎(経済アナリスト、獨協大学教授)
アシスタント     :太田 英明
大竹まことゴールデンラジオ!2015年8月17日放送分より引用。
画像:http://chihochu.jp/52613223/

【衝撃】 日航機墜落30年目に鮮明になった3回の爆発音 日本航空 123便ボーイング 747 SR100型機 (JA8119)

https://youtu.be/QzFUpdmTKpk 2014/08/10 に公開

日航機墜落30年目に判明した爆発音!日本航空123便墜落事故!!

昭和60年の日航機墜落事故から30年目となる8月12日、フジテレビは機内の再現ド­ラマや当時の映像、墜落現場での中継などを交えた特番「8.12日航機墜落 30回目の夏 生存者が今明かす“32分間の闘い” ボイスレコーダーの“新たな声”」(午後6時半)を生放送する。フジは今回、コックピ­ットのやりとりを記録したボイスレコーダーの詳細な解析を実施。衝撃音の回数や、これ­まで判読不能とされてきた会話の一部など「新事実」が判明したという。

「ドーン、ドーン、ドーン」鮮明になった3回の爆発音

 フジテレビは今年春、これまでマスコミに公表されていた音源よりも、より鮮明に記録さ­れたテープを当時の事故調査委員会の関係者から入手。テープを独自解析したところ、こ­れまで聞き取ることのできなかったコックピットでの約60カ所のやりとりのうち、約2­0カ所が明らかになったという。

2014/8/12放送



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日航機事故の教訓は活きているか videonews 2015年8月8日

videonewscom


 日航機事故の教訓活きているか



videonews 2015年8月8日




青木謙知氏(航空ジャーナリスト)


マル激トーク・オン・ディマンド 第748回(2015年8月8日)

 あれから30年、世界の空はより安全になったのだろうか。

 1985年8月12日、日本航空123便が御巣鷹の尾根に墜落し、乗員乗客520人が亡くなるという単独事故としては航空史上最悪の事故が発生した。

 その後行われた航空機事故調査委員会(事故調)の調査で、123便は1978年の尻もち事故後の機体後部にある圧力隔壁の修理に不備があり、飛行中に隔壁が損壊したことで垂直尾翼や操縦系統が破壊され、操縦不能に陥り墜落したとされた。

 航空機のメカニズムや航空機事故に詳しい航空ジャーナリストの青木謙知氏は、航空機事故の原因を100%正確に掴むことは困難だが、機体の残骸やフライトレコーダーなどの記録をもとに、当時の事故調の調査は妥当なものだったと評価する。しかし、その一方で、相模湾上を飛行中に吹き飛ばされたとされる圧力隔壁の上半分が回収されなかったことから、高い強度を持つよう設計されている垂直尾翼が、いかに破壊されたかについては十分な解明ができているとは言えないなど、30年が過ぎても十分に解明されたとは言えない点が残っていることも事実だ。

 海外の航空機事故の調査では海に落ちた機体の残骸なども回収され、徹底的な原因究明が行われるのが普通だという。この点で当時の日本では政府もメディアも、事故原因やそのメカニズム究明の重要性に対する認識がやや甘かったのではないかと、青木氏は自戒の念を込めて振り返る。また日本の事故調の調査には法的強制力がないため、事故原因の究明につながる証拠をすべて押収することが難しいこともあり、同時進行で刑事責任の追及が行われる場合が多い。それが結果的に、関係者から事故調の調査に対する全面的な協力を取り付けることを困難にするなど、事故原因の究明には制度上の障害もある。30年前の事故当時から指摘されてきた問題だが、今も基本的にこの状況に変わりはない。

 30年前の事故は、仮に原因が事故調の結論通りだとしても、なぜ修理ミスが起きたのか、なぜそれが検査で発見されなかったのかなど、依然として不明な点も多い。青木氏は検査の最終確認をする立場にある当時の運輸省(現国土交通省)に航空機の修理を細部まで適正に評価する能力が備わっていないため、修理は事実上日本航空に丸投げの状態にあり、その日本航空も実際の作業はボーイング社のエンジニアに任せっきりだったところに問題があったと指摘する。

 また、昨今の原発問題にも通底する話だが、当時、航空機、とりわけジャンボ機はフェイルセーフが確立されているので決して墜落することはないといった安全神話がしきりと喧伝されていた。そのため、「絶対安全なのだから」という過信が、修理後の厳しいチェック体制の整備を困難にすると同時に、担当者や担当部局の責任回避に繋がっていったという青木氏の指摘は重い。

 とは言え、油圧系統が機体後部で一箇所に集中するという、30年前の事故で露呈した構造上の弱点は、その後ボーイングによって改善が図られるなど、事故後、航空機の安全性が大きく進歩したことはまちがいないと青木氏は言う。また、航空機事故の事故率(100万飛行当たりの事故発生件数)も、1986年の1.73から2013年の0.55まで、3分の1以下まで大きく減少している。総じて航空機の安全性は高まっていると考えてよさそうだ。

 しかし、それでも高速で空を飛ぶ航空機は、一旦事故が起きると、取り返しのつかない重大な事故になることが避けられない。青木氏はハイテクの導入によって航空機の安全性が高まったことは事実だが、その一方で、事故が完全に無くなることはないと指摘する。それは、システムが複雑化すればするほど、常に想定外のトラブルや新たな問題が出てくるからだ。

 また、メカニカルトラブル以外にも航空機の安全を脅かす要素はある。今年3月、乗客乗員150人を乗せたドイツの格安航空会社ジャーマンウィングスの旅客機がフランスで墜落した事故では、副操縦士が、故意に高度を下げる装置を作動させ、墜落させたとみられている。どんなに技術が進歩しても、ヒューマンエラーによる事故や、故意による事故を100%防ぐことは容易ではないだろう。

 日航機墜落事故から30年、果たして世界の空はより安全になったのか。事故が残した教訓や現代の航空技術の進歩、新たに出てきた問題などについて、ゲストの青木謙知氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。


『ボイスレコーダー』 ~ジャンボ機墜落 20年目の真実~ [You-Tube動画]

[You-Tube動画]




 『ボイスレコーダー』 ~ジャンボ機墜落 20年目の真実




https://youtu.be/71uXQcfIiFk 2015/04/24 に公開

 2005年8月12日放送。

 高濱機長夫人や原因究明に奔走する先輩機長・藤田日出男から見た視点を中心に、事故発­生からボイスレコーダー公開に至るまでの経緯について描かれたドキュメンタリードラマ­。

 主演:片平なぎさ、竹中直人


123便の残骸か…相模湾海底で発見 日航機墜落30年 R K's blog 2015/08/13

Richard Koshimizu's blog



 123便の残骸か…相模湾海底で発見 日航機墜落30年



Richard Koshimizu's blog 2015/08/13 08:04

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 事故30周年を記念して、123便の機体の一部が浅い海で見つかったという話には、ちょっと、首をかしげてしまいます。

「尻もち事故で、圧力隔壁が損傷したので、隔壁の一部を暴飲愚社が交換した。
 その際、修理ミスがあって強度不足のため、空中で破損し尾翼など、尾部を吹き飛ばし、航行不能になった。」という都市伝説を補強するために、今になって部品が見つかったことにしたのではないか?と、疑いたくもなります。


 事故後一か月で、暴飲愚社は修理ミスを認めた。だが、結局、暴飲愚もJALも運輸省も誰ひとり訴追されず、責任はうやむやになった。暴飲愚が泥をかぶることで、真相を隠蔽したけれど、それ以上の追及はさせずに立ち消えにしたということでしょうか?



2015/8/12 17:22

 意外と浅い海に沈んでいたのになぜ今頃?

 123便の残骸か…相模湾海底で発見 日航機墜落30年(2015/08/12 11:47)

http://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000056595.html

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 私RKは、以前から、海上自衛隊の無人標的機(ラジコン機)、つまり、ファイヤビーを尾部に追突させたと疑っています。乗客の犠牲者の撮影した映像にも、それらしきものが。

 JAL123便墜落と「オレンジ物体」の関係について更に (RK過去文書)

http://richardkoshimizu.at.webry.info/201404/article_127.html

「青山さんはパソコン上でこの写真を拡大していったところ、オレンジ色に変色していったという。画像処理の専門家にこの写真の検証を依頼したところ、「円錐もしくは円筒のようなものを正面右斜めから見たようなイメージで、この物体はオレンジ帯の方向から飛行機の進行方向に向かっているように見えます」という。
 ネガを直接鑑定すれば、この「オレンジ」の正体も分かるだろう。
 123便は「横」からのG(圧力)によって機体が揺れている。
「後部圧力隔壁損壊」では横揺れは起きないという。
 この「オレンジ」が右方向から123便に接近しているとすれば、この「オレンジ」と123便墜落との間に重要な関連があるとは言えまいか。」


 123便には、恐喝犯との秘密交渉を終えて社に戻る途中のハウス食品の社長が搭乗していたのでは?
 インサイダー取引で儲ける統一キチガイ教会に口封じを頼まれたのですか、当時、総理大臣だった中曽根元海軍主計中尉殿?


ブラック国家、日本。


【貴重】日航ジャンボ機墜落事故の新映像が公開される!情報公開請求で!事故直後の焦げた山や分解した機体等が! 真実を探すブログ 

真実を探すブログ



【貴重】 日航ジャンボ機墜落事故の新映像公開される!
 情報公開請求で!
 事故直後の焦げた山分解した機体等が!


真実を探すブログ 2015.08.03 17:00

 共同通信社が情報公開請求を行って、1985年の日航ジャンボ機墜落事故に関する貴重な映像を入手しました。この映像は1885年8月13日に群馬県上野村の墜落現場上空から撮影された物で、映像には分解状態となった機体や破片、焦げた山等が写っています。

墜落の数時間後に撮影されたと見られ、救助隊の姿もありました。未だに日航ジャンボ機墜落事故には不審点が多く、専門家の間でも様々な説が飛び交っています。

↓公開された最新の墜落事故映像
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☆日航事故、陸自が空撮
URL http://www.47news.jp/movie/general_national/post_12522/


引用:

 1985年の日航ジャンボ機墜落事故で、災害派遣要請に基づき出動した陸上自衛隊が事故翌日の85年8月13日、群馬県上野村の墜落現場上空から撮った動画を1日までに、情報公開請求で入手した。同日、機体の残骸が初めて確認され、墜落現場が判明した直後とみられる貴重な映像が含まれている。

:引用終了





『報道特集』 がついに中曽根元首相の「土人女を集め慰安所開設」文書を報道! 息子の弘文が慰安婦否定の責任者ってなんの冗談? LITERA 2015.07.25. 

LITERA



 『報道特集』 がついに中曽根元首相「土人女を集め慰安所開設」文書を報道!
 息子の弘文が慰安婦否定の責任者ってなんの冗談


LITERA 2015.07.25.

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左・中曽根康弘『自省録』新潮社/右・中曽根元首相が慰安所を設置させたことを示す資料

 ようやく、マスコミがこの問題を取り上げてくれた。今日の『報道特集』(TBS)がインドネシアの慰安所づくりへの日本軍関与問題を報じたのだが、そのなかで、当時、海軍中尉だった中曽根康弘元首相が直接慰安所づくりにかかわっていた事実を指摘したのだ。

 本サイトは、朝日新聞慰安婦問題でバッシングにさらされていた最中の昨年7月にこの問題を記事にしていた。中曽根元首相は海軍時代の回想録で自ら「原住民の女を襲う」部下のために「苦心して、慰安所をつくってやった」と書きながら、外国人特派員協会で追及されると、一転して否定。

 しかし、本サイトは防衛省のシンクタンク・防衛研究所で中曽根が当時、主計長として統括していた「海軍航空基地第2設営班」の資料を入手。そこに中曽根主計長の取り計らいで、「土人女を集め慰安所を開設」という記載があることをスクープしたのだ。

 慰安婦への軍の関与と強制徴用を証明する明らかな客観的証拠だったが、当時はどの新聞、テレビも一切無視。いつもの「反日勢力のデマ」ということで片付けられてしまった。

 それを今回、『報道特集』が追及したのである。中曽根の手記や第2設営班の記録はもちろん、元慰安婦や元日本兵の証言もまじえつつ、徹底取材で軍の関与や強制の事実に肉薄するものだった。案の定、報道後はネトウヨの攻撃で炎上状態になっているが、そうしたリアクションが予想されるなかで、あえて踏み込んだ『報道特集』の勇気には拍手を送りたい。

 しかも、『報道特集』がこの時期に、この問題を取り上げたことにはもうひとつ大きな意味がある。それは、安倍政権が慰安婦問題をなかったことにするために立ち上げた自民党のプロジェクト「日本の名誉と信頼を回復するための特命委員会」の委員長に中曽根の息子である中曽根弘文が就任したからだ。

「名誉回復とか言う前に、まず、父親の責任を明らかにしろ」というまるで冗談のような話だが、この報道で、彼らがいかに卑劣なやり口で“やったこと”を“やっていない”と言い張っているかが、少しは伝わるのではないだろうか。(ちなみに、フジ産経グループの総帥だった鹿内信隆にも今回と同様、慰安所づくりへの関与発言があり、やはり本サイトが記事にしているので、こちらもどこか大手マスコミが取り上げてくれないだろうか)。

『報道特集』にエールを送る意味で、本サイトもこの問題を扱った記事「中曽根元首相が「土人女を集め慰安所開設」! 防衛省に戦時記録が」を再録することにした。記事配信当時は掲載していなかった、中曽根が慰安所づくりを主導していたことを証明する「海軍航空基地第2設営班資料」の複写も掲載するので、ぜひじっくり読んでいただきたい。
編集部

********************

 朝日新聞慰安婦訂正記事で右派陣営が勢いづいている。「朝日は責任をとれ!」と気勢をあげているのはもちろん、自民党の政務調査会議は河野談話も朝日報道が前提だとして「河野談話を撤回し、新たな官房長官談話を!」とぶちあげた。また、同党の議連では朝日新聞関係者、さらに当時の河野洋平元官房長を国会に招致して聴取すべき、という意見までとび出している。
 
 だが、朝日や河野洋平氏を聴取するなら、もっと先に国会に呼ぶべき人物がいる。それは第71代日本国内閣総理大臣の中曽根康弘だ。

 大勲位まで受章した元首相をなぜ従軍慰安婦問題で審訊しなければならないのか。それは先の大戦で海軍主計士官(将校)の地位にあった中曽根元首相が、自ら慰安所の設置に積極的に関わり、慰安婦の調達までしていたからだ。

 何かというと左翼のでっちあげとわめきたてて自分たちを正当化しようとする保守派やネトウヨのみなさんには申し訳ないが、これは捏造でも推測でもない。中曽根元首相は自分の“手記”の中で自らこの事実を書いており、しかも、防衛省にそれを裏付ける戦時資料が存在していたのだ。そこには、部隊の隊員によるこんな文言が書かれていた。

「主計長の取計で土人女を集め慰安所を開設」

 まず、“手記”の話からいこう。中曽根が慰安所設立の事実を書いたのは『終りなき海軍』(松浦敬紀・編/文化放送開発センター/1978)。同書は戦中海軍に所属し、戦後各界で活躍した成功者たちが思い出話を語った本だが、その中で、海軍主計士官だった中曽根も文章を寄稿していた。

 タイトルは「二十三歳で三千人の総指揮官」。当時、インドネシアの設営部隊の主計長だった中曽根が、荒ぶる部下たちを引き連れながら、いかに人心掌握し戦場を乗り切ったかという自慢話だが、その中にこんな一文があったのだ。

「三千人からの大部隊だ。やがて、原住民の女を襲うものやバクチにふけるものも出てきた。そんなかれらのために、私は苦心して、慰安所をつくってやったこともある。かれらは、ちょうど、たらいのなかにひしめくイモであった。卑屈なところもあるし、ずるい面もあった。そして、私自身、そのイモの一つとして、ゴシゴシともまれてきたのである」

 おそらく当時、中曽根は後に慰安婦が問題になるなんてまったく想像していなかったのだろう。その重大性に気づかず、自慢話として得々と「原住民の女を襲う」部下のために「苦心して、慰安所をつくってやった」と書いていたのだ。

 ところが、それから30年たって、この記述が問題になる。2007年3月23日、中曽根が日本外国特派員協会で会見をした際、アメリカの新聞社の特派員からこの記載を追及されたのだ。

 このとき、中曽根元首相は「旧海軍時代に慰安所をつくった記憶はない」「事実と違う。海軍の工員の休憩と娯楽の施設をつくってほしいということだったので作ってやった」「具体的なことは知らない」と完全否定している。

 だが、これは明らかに嘘、ごまかしである。そもそもたんなる休憩や娯楽のための施設なら、「苦心」する必要があるとは思えないし、中曽根元首相の弁明通りなら、『終りなき海軍』の“手記”のほうがデタラメということになってしまう。だが、同書の編者である松浦敬紀はその10年ほど前、「フライデー」の取材に「中曽根さん本人が原稿を2本かいてきて、どちらかを採用してくれと送ってきた」「本にする段階で本人もゲラのチェックをしている」と明言しているのだ。

 いや、そんなことよりなにより、中曽根元首相の慰安所開設には、冒頭に書いたように、客観的な証拠が存在する。

 国家機関である防衛省のシンクタンク・防衛研究所の戦史研究センター。戦史資料の編纂・管理や、調査研究を行っている研究機関だが、そこにその証拠資料があった。
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nakasone_copy_01.jpg
「第二設営班資料」のコピー/右・第二設営班矢部部隊の「編成」(抜粋)/左・「5 設営後の状況」(抜粋)/編集部注:右資料はプライバシー保護のため、一部、氏名に画像処理を施した。

 資料名は「海軍航空基地第2設営班資料」(以下、「2設営班資料」)。第2設営班とは、中曽根が当時、主計長を務めていた海軍設営班矢部班のことで、飛行場設営を目的にダバオ(フィリピン)、タラカン(インドネシア)を経てバリクパパン(インドネシア)に転戦した部隊だが、この資料は同部隊の工営長だった宮地米三氏がそれを記録し、寄贈。同センターが歴史的価値のある資料として保存していたものだ。
 
 本サイトは今回、同センターでその「第2設営班資料」を閲覧し、コピーを入手した。

 宮地氏の自筆で書かれたと思われるその資料にはまず、「第二設営班 矢部部隊」という表題の後、「一 編制」という項目があり、幹部の名前が列挙されていた。すると、そこには「主計長 海軍主計中尉 中曽根康弘」という記載。そして、資料を読み進めていくと、「5、設営後の状況」という項目にこんな記録が載っていたのだ。

「バリクパパンでは◯(判読不可)場の整備一応完了して、攻撃機による蘭印作戦が始まると工員連中ゆるみが出た風で又日本出港の際約二ヶ月の旨申し渡しありし為皈(ママ)心矢の如く気荒くなり日本人同志けんか等起る様になる
 主計長の取計で土人女を集め慰安所を開設気持の緩和に非常に効果ありたり」

 さらに「第2設営班資料」のなかには、慰安所設置を指し示す証拠となる、宮地氏の残したものと思われる手書きの地図も存在していた。
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 それはバリクパパン「上陸時」の様子(昭和17年1月24日)と、設営「完了時」の様子(17年1月24日〜同年3月24日)を表す2点の地図資料だ。バリクパパン市街から約20km地点のこの地図から、中曽根たちが設営したと思われるマンガル飛行場滑走路のそばを流れるマンガル河を中心に民家が点在し、またマンガル河から離れた場所に民家が一軒だけポツリと孤立していることがわかる。

 そして2つの地図を見比べてみると、“ある変化”があることに気づく。「上陸時」から「完了時」の地図の変化のひとつとして、その孤立した民家の周辺に、設営班が便所をおいたことが記されている。さらにその場所には「上陸時」にはなかった「設営班慰安所」との記載が書き加えられている。

 つまり、上陸時に民家だった場所を日本軍が接収し、「設営班慰安所」に変えてしまったと思われるのだ。

 もはや言い逃れのしようはないだろう。「主計長 海軍主計中尉 中曽根康弘」「主計長の取計で土人女を集め慰安所を開設」という記載。それを裏付ける地図。中曽根元首相が自分で手記に書いたこととぴったり符号するではないか。

 しかも、「土人女を集め」という表現を読む限り、中曽根主計長が命じて、現地で女性を調達したとしか考えられないのである。

 実際、インドネシアでは多くの女性が慰安婦として働かされており、彼女たちは日本軍に命じられた村の役人の方針で、どんなことをさせられるのかもしらないまま日本兵の引率のもと連れ去られたことを証言している。そして、年端も行かない女性達がいきなり慰安所で複数の日本兵に犯されたという悲惨な体験が語られ、その中にはこのパリクパパンの慰安所に連れてこられたという女性もいる。
 
 つまり、中曽根首相がこうした“強制連行”に関与していた可能性も十分あるのだ。

 朝日新聞の訂正で勢いづいた保守・右派勢力は銃剣を突きつけて連行したという吉田証言が虚偽だったという一事をもって、強制連行そのものを否定しようとしている。さらには従軍慰安婦への軍の関与そのものを否定するかのような虚偽を平気でふりまいている。

 しかし、もし、強制連行はない、軍の関与もないといいはるならここはやはり、「土人女を集め」たという元主計長・中曽根康弘を国会に喚問して、どう「集め」たのか、「苦心」とはなんだったのか証言させるべきではないのか。一メディアの誤報をあげつらうより、そのほうがはるかに「歴史の検証」になると思うのだが、いかがだろう。
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エンジョウトオル



沖縄の勝利を決定づける5月9日放映のNHKスペシャル 天木直人のブログ H.27/05/10

天木直人のブログ


 沖縄の勝利を決定づける5月9日放映のNHKスペシャル


Home / 天木直人のブログ / 2015年5月10日


 きのうの夜9時から放映されたNHKスペシャル「総理秘書官の極秘記録 沖縄返還の全貌に迫る」は、辺野古移設問題をめぐって翁長沖縄が安倍政権に対して一歩も引かない政治状況の中で、絶妙のタイミングで放映された、極めてすぐれた番組だった。

 国民必見の番組だ。

 これ以上ない翁長沖縄に対する応援である。

 おそらく翁長沖縄の勝利を決定づけることになるような気がする。

 そのうち米国のほうから辺野古断念を言い出すことになるような気がする。

 安倍首相の面目丸つぶれになるような気がする。


 この番組のどこが凄いのか。

 それは楠田實という佐藤栄作首相の首席秘書官が明らかにした沖縄返還交渉の極秘史実がはじめて明らかにされたことだ。

 NHKがスクープドキュメントと銘打つわけである。

 それは一言で言えば、核抜き、本土並み返還と憲法9条にこだわった佐藤栄作首相が、最後は米国に屈して沖縄と国民を裏切ったこの上ない屈辱の沖縄返還交渉の史実である。

 それを、楠田秘書官も佐藤栄作首相も自覚し、悔恨していたという事実である。

 もっとも驚くべきことは、在日米軍基地が日本を守るためではなく米国の戦争の為にあることを認め、だから日本が米国の戦争に巻き込まれる事を、佐藤栄作首相自身が認めていた事である。

 沖縄の核抜き返還が実現されるのなら、それでもいい、つまり本土の在日米軍基地が沖縄の負担を引き受ければいい、そこまでしても沖縄の核抜き、本土並み返還を成し遂げたいと、佐藤栄作首相が考えていたという史実である。

 国民にはウソをついてまで、それを米国に伝えていたという事実である。


 歴史に「もしも」はない。

 しかし、もしそのような形で沖縄返還が実現していたら、日本の安全保障政策や議論は一変していただろう。

 よきにつけ悪しきにつけ、今日のような沖縄問題はなく、日本は憲法9条なき普通の米国との同盟国となっていただろう。

 結論から言えば、すべてがごまかしで終わった。

 ことごとく米国に譲歩し、密約までして沖縄の米軍基地を許した。

 その一方で憲法9条が骨抜きの形で残った。

 それは今日の沖縄問題につながる佐藤栄作首相の犯罪的裏切りである。

 しかし、少なくとも次の事が明らかになった。

 最後は譲歩したとはいえ、佐藤栄作は頑張ろうとし、交渉はした。

 そして、最後は譲歩した事に対する悔恨の思いはあった。

 そのどちらもないノーテンキの安倍首相との大きな違いである。

 ここまで明らかになったのである。

 このNHKスペシャルがひろく国民の知るところになれば、もはや安倍首相の辺野古移設強行は、ひとり沖縄が反対するだけでなく、国民全体が反対することになる。

 安倍首相はオバマ大統領との合意を撤回し、再交渉せざるを得なくなる。

 安倍首相がそれでも辺野古移転しかないと言い続けるなら、日本のこれまでのどの首相よりも情けない、愚かな首相ということになる。

 オバマ大統領がそれに応じないようであれば、反米感情は高まり、最後は米国は辺野古移設を断念せざるを得なくなる。

 私がこのNHKスペシャルという番組が、絶妙のタイミングで公開され、それが沖縄を勝利に導くと思った理由がそこにある。

 ここまで明らかにされれば、日米同盟関係はこれ以上、今まで通りには進められなくなるはずだ。

 まともな国民ならみなそう思うだろう。

 日米同盟関係は、好むと好まざるにかかわらず、変わらざるを得ない
(了)

Photo by : NHKスペシャル「総理秘書官が見た沖縄返還 ~発掘資料が語る内幕~」
[http://www.nhk.or.jp/special/detail/2015/0509/index.html]



中曽根バブルで1500兆円喪失 本澤二郎の「日本の風景」(1757) H.26/09/26

本澤二郎の「日本の風景」
←元ブログにリンクします



 中曽根バブルで1500兆円喪失



本澤二郎の「日本の風景」(1757) 2014年09月26日

<総括しない世紀の失政>

 安倍晋三という男は、まるで自分の財布であるかのように50カ国近い国々に金をばらまいているが、すべて日本国民の借金である。
 安倍の先輩で国家主義者の中曽根康弘は、レーガンという俳優出身の米大統領の顔を立てるために、急激な円高ドル安政策を受け入れて、ワシントンにひれ伏した。いうところの中曽根バブルである。
 崩壊して1500兆円の資産を喪失した。
 経済大国・日本はこうして破綻した。
 世紀の失政であるのだが、いまだに総括していない。

<ナベツネとの悪役コンビ>

 一大失政を総括しない日本は、気がつくと現在、1500兆円に近い空前の借金をしているのである。財閥が保有する資産300兆円を投入しても不足である。むろん、悪徳の権化である財閥が、そんなことはしない。財閥金融機関は小泉を利用して血税投入で負債から逃げた。失政の張本人は現在も、のうのうとまだ生きている。
 ワルほど長生きする不思議な日本である。
 しかも、右翼・国家主義の大元締めよろしくふんぞり返っている。日本財政を破綻させた元凶に、安倍もかしずいている。靖国参拝の大先輩として尊敬しているらしい。こんな悪徳は世界でも珍しい。
 理由は悪徳言論人の存在である。世論操作の天才がそばについて中曽根を守っている。ナベツネだ。恩師・宇都宮徳馬を裏切ったナベツネである。最近は特定秘密保護法の支援者として政府部内で活躍している。二人は共に原発安全神話のラッパを吹いてきた悪役としても、よく知られている。
 平和主義者の敵である。ようやく気づいた市民が増えてきて、読売購読を止めてきているというのは、うれしい情報である。
 宇都宮は、戦前の読売を利用して軍部の経済政策・統制経済を批判した。彼は高杉俊輔という仮名を用いた。いえることは、宇都宮なくしてナベツネは存在しない。そのことをナベツネはわからない。根っからのワルなのだろう。
 最近の若い記者は、この辺の事情を全く知らない。それが気にはなる。

<日本を2度も敗北させた中曽根>

 中曽根バブルで日本を敗北させ、ついで東電福島原発大惨事で2度目の敗北をさせた張本人である。2度も日本を敗北させた中曽根の悪徳ぶりは、天下広しといえども他に例を見ない。彼はろくでもない息子を、現役首相時代にバッジをつけさせた、と当時の秘書らは嘆いていた。これだけでも相当なワルである。それを受け入れてしまう群馬の選挙民の民度が嘆かわしい。
 もっとも、わが故郷の選挙区では、これも驚愕すべきことだが、やくざを国会議員に押し上げていた。いまそのせがれもバッジをつけている。これは公明党・創価学会の戦果である。この一件では、戦争遺児・影山友子と大論争した記憶が残っている。公明党もこのレベルだから、怖いのである。それかあらぬか、やくざ出身地・富津市は財政破綻の危機に直面している。

 そういえば、安倍の原発再稼動の先頭を走らせているのは、かつて中曽根のライバル・小渕恵三の娘ではないか。中曽根・ナベツネの策略人事なのか。彼女も悪魔に取り込まれてしまったのだろう。

<最終目標は核武装>

 原発推進派の狙いはいうまでもない。日本核武装である。すでに隣国もワシントンも警戒を始めている。CIAの新たな任務のようだ。日本の山積するプルトニウムに世界が注目している。その間に国連の安保理常任理事国入りを果たそうとしている。安倍は、いまニューヨークで画策している最中であるのだが、韓国は早々に反対ののろしを上げた。

 安倍の狙いもここにある。祖父の遺言に違いない。神国・日本の核武装論に、いずれ世界が驚愕する日が来るのかもしれない。しかし、そんな金はない。幸か不幸か空前の借金大国なのだから。

<54基の原発を守れない日本>

 右翼の面々は相手の立場など考えない。自分ひとりで生きていると思っている。寛容の精神など皆無である。加害者であることも放棄している。被害者の立場など無視している。真実に対して「自虐」だとののしる。これでは交流もできない。人間ではないのだ。
 しかし、これはどうだろうか。54基もの原発を建設した中曽根・ナベツネらの野望によって、戦争など出来ない日本になっている現実を。
 54基もの原発をミサイル攻撃から守ることなど出来ない。戦争など出来ないのだ。血税を武器弾薬に投入する余裕などない日本である。

<1500兆円の教訓が大事>

 1500兆円喪失した時代の詳細を日銀の黒田も安倍も知らない。ただひたすら輪転機を回して、侵略啓蒙家・福沢諭吉を印刷して、株屋を喜ばせているだけでいいのだろうか。
 急激な円安は、日本経済の破綻を急がせるだけだろう。中曽根バブルをしっかり総括して、その教訓を学ぶべきではないのか。財政再建を放置する従来の対応でいいわけがない。行財政改革に蓋をしている時ではないだろう。
 TPPに狂奔する甘利の顔つきが、今の日本の姿を反映している。
 日本に財政家がいるとも思えないが、考えれば考えるほど情けない人材不足の日本であろうことか。

2014年9月26日記


[J-Movie] The Climber's High 「クライマーズ・ハイ」 フィルム・パートナーズ [You-Tube動画]

[You-Tube動画]

 [J-Movie] The Climber's High 「クライマーズ・ハイ」


 日航機123便事故の現場



[J-Movie] The Climber's High 「クライマーズ・ハイ」
 フィルム・パートナーズ

http://youtu.be/dKNWgww4pLE 2013/10/17
 2h25'12"


昔、慎太郎と中曽根が店でデープキスして・・・ Richard Koshimizu's blog H.26/09/012345

Richard Koshimizu's blog


 昔、慎太郎と中曽根が店でデープキスして・・・


Richard Koshimizu's blog2014/09/04 11:4

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画像

 従軍慰安婦を組織して戦地に送り込んだ中曽根主計少佐殿が....

 縊死腹死んだろう太陽の季節閣下と

 デープキスしていたなんて。

 吐き気を通り越して胃腸が口から出てきそうでしゅ。

 うふふ。いやん。


2014/9/4 11:35

与太話ですみません。 先日都内の行きつけの飲食店で 政財界の大物と懇意にしてた 80歳のオカマさんとの会話。

私「政界はホモだらけなの?」

オカマさん「昔、慎太郎と中曽根が店でデープキスして・・・・・。」

国賊撲滅
朝日新聞に、掲載を拒否された週刊文春の広告?


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