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言葉の罠 「国」  住民至上主義 前阿久根市長 竹原信一のブログ H.26/01/09

住民至上主義 前阿久根市長 竹原信一のブログ


 言葉の罠 「国」


住民至上主義 前阿久根市長 竹原信一のブログ 2014年01月09日18:40

 「国が決めた」 「国の権力」 「国の税金」 などと使われる時の国は統治システムを指します。統治システムとしての「国」に一般国民は含まれていません。他方、「自分の国」 「国民としての誇り」などと表現する際の「国」は主に民を指します。 別物を同じ言葉で表現しているわけです。実はこのことが非常に大きな悪弊の原因になっています。言葉の混同が戦争の原因や推進力になってきました。
 
  混同を避けるためにシステムを「シ国」と表現し、民を含む方を「人国」と分けます。その上で今の状況を説明させていただきます。繰り返しになりますが「シ国」は統治の道具に過ぎません。「シ国」は最終的に守るべき対象ではなく、人が悲惨さを体験することなく暮らすための道具なのです。言葉の混同が思考回路に主客転倒を引き起こさせて「シ国」に命を捧げるというバカな状態を生み出してきました。

 「シ国」は人が作り運用します。そして人に強制力を行使します。「シ国」が徴税をしてシステムの作業員や関係者に支払いをします。このようにシステム内部では、「シ国」が人に支払いをするので人が「シ国」に仕えます。システム内で一生懸命働く人は「シ国」に身も心も捧げます。「シ国」が大きく強くなる事が自分の栄光につながると思ったりして、「シ国」に他の人々をも取り込んで権限の拡大に貢献させようとします。よく分かる現象は増税です。

 ほとんどの人は「シ国」と「人国」を区別して考えた事がありません。ですから、ほとんど誰が政治家をやっても、公務員をやっても裁判官をすることになっても、結果的に人々の暮らしを追い詰めてしまいました。
 このように、言葉の混同という非常に単純な事が原因で悲惨な世界が展開してきたのです。あまりに単純すぎるので、これほど長いあいだ気づく事が出来ませんでした。

 言葉の混同は概念の混同です。ここの思考過程は「自分とは何か」というテーマにもつながります。ですから、心理環境が整わなければ理解が難しいようです。人によっては永遠の課題に見えるでしょうし、そうでない場合には当然のこととして直ちに理解できる事です。

 人は何者にも「なる事」など出来ません。するだけです。「政治家をする」 「公務員をする」 「裁判官をする」なのです。 私達は「自分をする」永遠の存在であるのを忘れてきました。
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2014年01月09日18:40


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