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光文書(ヒカリモンジョ) Vol.427 アメノシタと憲法 精神学協会 H.27/01/29

精神学協会


光文書(ヒカリモンジョ) Vol.427

アメノシタと憲法


精神学協会 積哲夫 2015年1月29日

 このクニの歴史は、神武という名の人物によってはじまったことになっています。

  明治時代に定められた皇紀は、紀元前660年を神武による建国の年にしていますが、その背後には、聖徳太子の601年を中心に置いた記紀の編さん者たちの辛酉革命説があるようです。

  私を神武の東征の旅へ導いた存在は、記紀に書かれた文言から生まれ、戦前の日本の誰もが知っていた八紘一宇という文字を、70年の封印から解放しようとしているらしいということが、ここにきてはっきりしてきました。

 それは、精神界の情報によれば、断続した皇紀を正しくつなぎ直すことによって、本来のこのクニの姿を再発見するというプログラムの一部のようです。

  私が理解していることを要約してしまうと、神武天皇のアメノシタをヒトツノイエとしてという宣言から、聖徳太子の和をもって尊となす、という十七条の憲法、そして現憲法の第一条天皇までは、一直線でつながるのです。
 この物語を完成させるために、今上陛下と皇后さまが配されているということを、人知の側に伝達するために、私という人間も、この時代に配されています。

 ただ、ここに記したことが、多くの日本人の意識上で活性化するためには、まだ、開かれていないイワト開きが必要なのです。

 1853年のペリーの来航から、1945年の敗戦までは、ひとつの物語でした。
 そして、1945年から2014年までは、もうひとつの別の物語でした。この2015年からはじまるのは、そうした過去の物語を学び直した人間が主人公となる物語なのです。
 すでに、この世界には、私たち日本人が目指すべき社会のモデルは存在していません。
 いま、進行中のことは、世界が日本に学びにくるという新しいモデルなのです。

  一神教の時代を終わらせるために、このクニを用意した存在があるということを、やがて世界の人間は理解するようになります。
 そのときの根拠となるのが、このクニの歴史であり、このクニで人間がどのように扱われてきたのかという真実です。

  戦前の日本の兵隊たちは、万葉集を持って死地に赴きました。
 宗教書ではないのです。そこに、このクニの言葉の本質があります。
 やまとうたは、ひとつのことだまの宇宙を形成していて、日本人のたましいは、そこに由来することを、誰もが直観として理解していたといってもいいのでしょう。
 そのことだまの宇宙に、属していない、または、属することを忘れてしまった人間をつくるために、敗戦後の70年の時間が費やされました。
 それも物語なのです。

 たましいの物語でいうなら、あの戦争で死んだ人間のたましいを、光の世界に上げることを、このクニを用意した存在は絶対の意志として持っています。
 私をはじめとする、その意志に感応する人間は、そのためにはたらき続けています。
 しかし、戦後、生まれ、今日までのこのクニの歴史をつくった人間のたましいに、その救済はありません。
 すでに、この地上に知識は置かれているからですが、残念ながら、このままでは、団塊の世代を中心に、このクニには行き場のない死者のたましいが溢れることになるのです。
 それは、かつてこのクニが経験したことのない精神エネルギー的な試練となるでしょう。
 すでに、その予告のように、長く生きながら認知症として、次の世代の負担となる人間が急速に増加しています。
 いまは、奇跡のようにケアされていますが、やがて、できない時代が訪れます。
 よく生きなかった人間には、よき死も訪れないことを、これからの日本人は学ぶことになるのでしょう。
 日本語で考える人間がマネーにたましいを売ることは、これから減少していくはずです。
 それが、世界で唯一の希望となるのです。
 いま進行中の最後の一厘のプログラムとは、このような、日本人のたましいの物語の再発見にほかならないのです。

2015年1月29日 積哲夫 記



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