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・ マザー・テレサ zeraniumのブログ H.27/04/04

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 ・ マザー・テレサ


zeraniumのブログ 2015年4月 4日 (土)

Q、   
アメリカのある雑誌の記事で、マザー・テレサはカトリック教会の体制である男性優位の、聖職者階級制度にとって”反逆者”だとして記述されています。
もしマザー・テレサがジャンヌ・ダルクのような人であると考えられるならば、神はカトリック教会を救うでしょうね!


OSHO   マザー・テレサを反逆者として述べた人物は、言葉の意味を知らないと見える。
       彼女は男性優位のカトリック聖職者階級制度の奴隷にすぎず、彼女は取るに足りない人だ。女性がこれまでローマ法王であったことはなかったし、これからもないだろう。

   彼女を、一体どんな種類の反逆者だと言うのか? 
   彼女はポーランド系のローマ法王(故ヨハネ・パウロ2世)の前でひざまづいて、彼の手にキスをする。これが反逆者だというのだろうか? そして彼女は彼らの(キリスト教信者の)人口を増やすために貢献し、カトリック教会により多くの孤児を供給し続けている。なぜなら人口は政治における重大な要因であるし、そうしたことについて、誰もがそれほど世界全体を注意して見ることはないからだ。

   私はつい先日、知ったことがある。
   それはイスラム教徒たちがより多くの子どもを産むので、イスラエルが非常に心配しているということだ。イスラム教徒の彼らがより多くの子どもを産むのは当然だろう。なぜなら彼らは4人まで妻を持つことができるからだ。イスラム教徒は果てしなく増加している。

   そしてイスラエルは今や世界で唯一の、政府がより多くの子どもを産むことを奨励する国であり、誰もが少なくとも4人は子どもを持つべきだと言っている国だ。彼らは世界人口がすでに超過気味であることには関心がないようだ。彼らの唯一の関心は、彼らの地方政治にとって、イスラム教徒が多くなり過ぎては困る。つまり数において、ユダヤ人は少なくなり過ぎてはいけない、ということにある。

   そこには人口の政策がある。
   カトリック教会は世界に7億5千万人以上の信者を抱えており、宗教に関しては最大の単独の塊(かたまり)だ。そしてマザー・テレサは称賛されている。それは彼女が”反逆者”だからではなく、彼女はただ単に、カトリック教会にますます多くの孤児を連れて来ている卑屈な人であり、貧しいインド人をカトリックに転向させているために・・・。だからローマ法王は彼女を祝福するのだ。

   私は、もしローマ法王がマザー・テレサの前でひざまづき、彼女の手にキスをしたならば、その”反逆者”という記述を受け入れていただろう。なぜならその時、それはカトリックという男性指向の聖職階級制度が、マザー・テレサをローマ法王よりも高い存在として受け入れたという意味を持つからだ。

   しかし彼女は男性優位の教会という手の中の、ただの道具に過ぎない。
   そして教会内においても彼女には地位がない。しかし彼女は信者人口が増加するのを非常に助けてきたために、「彼ら」はノーベル賞を彼女に与える。さらにその他の賞や、博士号を授与する。

   こんなことで騙されてはいけない。
   こんなものはただのおもちゃだ。そしてすべては政治的なものなのだ。

 ノーベル賞とは単なる政治的な道具に過ぎない

   私の弟子の1人の経済学者がノーベル賞を受賞した。
   そして彼はノーベル賞委員会の場で、ノーベル賞を自分にではなく、私に与えてくれるように頼んだという。そこにいた人々は大きな衝撃を受け、1本の針が落ちても聞こえそうなほどの沈黙があったという。

   そこで私の友人は彼に言った。「二度とOSHOの名前を委員会で口にしないでくれ。それ(ノーベル賞)は、人がいかに貢献しているかどうかということとは無関係なのだ。それはすべて政治的なものであり、そこに政治的な支持がない限り、ノーベル賞が授与されることはあり得ないのだ」と。

   私はサニヤシン(弟子)たちに伝えた。
   「私はそれがすべて政治劇であることを知っているので、たとえ彼らがそうしても私は拒否するだろうということを、彼に委員会で言うように伝えなさい。そして私はマザー・テレサや多くの愚か者たちと一緒に分類されたくはない」と。

   そして実際にマザー・テレサは女性解放に反対しており、彼女を”反逆者”と書いた人が誰であれ、それは単なる無知か、あるいは彼女を賛美しようとしているかのどちらかだろう。その背後には政治的な動機がある。

   彼女が女性解放に反対しているのは、彼女が産児制限に反対しているという単純な理由からだ。彼女は「ピル」に反対しており、ピルは女性たちが男性から解放されるための最も大きな可能性だからだ。そうでなければ女性たちは、常に男性に依存したままの奴隷でいるだろう。

   もしマザー・テレサの考えに従うならば、女性は次々と子どもを産むべきであり、女性は継続的に妊娠し続けて、ただ母親になるだけだろう。女性の生涯は子どもを産むことと育てることですべて浪費されるだろう。彼女は経済的に独立ができない。教育も受けられない。彼女は男性と対等にどんな分野にも立ち上がることはできない。

   ピルは、女性が男性と対等になれる状況を作れる。
   なぜならピルは、絶え間ない妊娠から彼女を自由にさせるからだ。それは彼女を「依存」から自由にする。彼女は経済的に、財政的に自由でいられる。

   そして究極は、彼女は自分には結婚が必要ではないと要求できる。
   「もし私達が愛し合うなら一緒にいればいい。でも愛さないのなら(子どもはいないのだから)別れましょう。誠意をもって」 そこにはどのような争いの問題もない。

   だからマザー・テレサを”反逆者”と呼ぶ者たちは、誰であれ何も知らないただの愚か者だ。彼女は世界でもっとも保守的な人たちの1人に過ぎない。

   反逆には本物のガッツが必要だ。
   彼女は伝統的、正統的、そして因習的だ。イエス・キリストの処女懐胎を信じる者であり、イエス・キリストの奇跡を信じる者、復活を信じる者、そしてキリスト教はもっとも崇高な宗教であると信じる者であり、ただキリスト教徒だけが救われると信じる者に過ぎない。そしてあなたは、この女性の何を”反逆者”と呼ぶのかね? それなら私は何だろうか?

book 『炎の伝承 Ⅰ』 OSHO (講和篇)
 市民出版社 抜粋


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