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総理大臣がなんだ! ノーベル賞・大村智先生の、権威に媚びない「痛快人生」 祝!医学・生理学賞受賞 週刊現代 2015年10月21日(水) 

現代ビジネス


 総理大臣がなんだ!
 ノーベル賞・大村智先生の、権威に媚びない「痛快人生」
 祝!医学・生理学賞受賞


現代ビジネス 2015年10月21日(水) 週刊現代

 医学・生理学賞を受賞した大村智・北里大学特別栄誉教授(80歳)〔PHOTO〕gettyimages

 山梨の農家の長男として生まれて、夜間高校の先生になり、一念発起して研究者に。そして自分の作った薬が世界中の人の病気を治す---そんな偉人めいた話がぶっとぶ、豪快なセンセイの一代記。

 総理からの電話に「あとでかける」

 2年連続、しかも複数分野でのノーベル賞受賞に日本列島は沸いた。口火を切ったのが、10月5日に医学・生理学賞を受賞した大村智・北里大学特別栄誉教授(80歳)だ。

 受賞理由は、アフリカで年間数千万人が感染し、重症化すると失明に至る感染症・オンコセルカ症の特効薬『イベルメクチン』の発見と開発。

 アフリカでオンコセルカ症の診療にあたっていた長崎大学熱帯医学研究所元所長の青木克己氏が、当時の反響を語る。

「それまでオンコセルカ症に対して安全で有効性のある薬はなかった。われわれにできることは、寄生虫を媒介するブヨを殺虫剤の散布で殺すことだけ。それだけに、イベルメクチンができたときは大騒ぎでした。

 日本ではあまり知られていませんでしたが、世界では大村先生の名前はとうに浸透しています。私は先生のノーベル賞受賞は20年遅いと思っています」

 とはいえ、世界に冠たる「平成の野口英世」の素顔は、温厚な人格者というよりは、独立自尊、時の権力にもズバズバと物申す快男児なのだ。

 持ち前の反骨心は、受賞の一報を受けての北里大学での記者会見で、さっそく発揮された。業績紹介や学長挨拶の後、詰めかけた報道陣を前に大村さんが挨拶をしようと口を開きかけた刹那、事務方が「安倍総理からお祝いの電話です」と耳打ちした。


 すると、大村さんは「あとでかける」とにべもない。気を利かせたつもりの司会者が、「ただ今、安倍総理のほうから電話が入っておりまして、そのあと大村先生のご挨拶を」とフォローした。苦笑い気味に携帯を耳にあてた大村さんが、再び報道陣に向き直って発したひと言は――。

 「今、総理大臣から電話があるそうですけども、(この電話口で)ちょっと待たされております。タイム・イズ・マネー。(会見を)続けましょう」

 こう言って、挨拶に戻り、今度は総理のほうを待たせたのである。この対応に、「わざわざ記者会見の最中に電話を入れてくるような政権の人気とりを一蹴してくれて、胸がすっとした」「大村さん最高!」などの感想が、ネット上に溢れかえった。

  自分の食い扶持は自分で稼

 中学以来の友人で、大村さんが創設した「山梨科学アカデミー」常任理事の功刀能文氏が語る。

 「『たとえ総理相手といえども、自分にはそれ以上に大事なものがある』というのが大村先生。権力に巻かれることはしません。

 『国立の研究者たちはお上の保護の下、国民の税金で研究しているけれど、僕は自分自身の研究でお金を稼いで研究費に充てている』という自負がある。事実そうやってここまで来たのです」

 たしかに大村さんの経歴は、研究者としては異色ずくめだ。1935年、山梨県韮崎市の農家に生まれ、学生時代はクロスカントリースキーに熱中。おかげで勉強のほうはすっかりそっちのけになったという。

 地元の山梨大学を卒業後、上京して夜間高校の教師になったが、一念発起して学問の道へと進んだ。『生命誌ジャーナル』のロングインタビューで大村さんは当時をこう振り返っている。

 「昼間は大学で勉強、夜は高校に行って授業をし、土日は徹夜で実験という毎日。資金が足りない時はアルバイトで時間講師もやりましたよ」

 修士号を取った後、大村さんは東京に残らず故郷を目指している。Uターンした山梨大学で助手だったときに出会ったのが、微生物の世界だった。

 大村さんの評伝『大村智 2億人を病魔から守った化学者』著者の馬場錬成氏は言う。


 『大村智 2億人を病魔から守った化学者』 馬場錬成著 

 「大村氏には〝研究勘〟とでもいうべき独特の才能が若い頃からあったように思います。ご本人に聞いても『何かある』としか言わないけれど、傍から見ると人生の岐路で意外な決断を下している。ポリシーが〝人真似はしない〟であるというのもうなずけます」

 山梨大から北里研究所へ移って、猛烈に研究し、米国での研究留学へと飛び立った。そして持ち前の独立心と負けん気から、独自の研究スタイルを築き上げる。研究費も含めて「自分の食い扶持は自分で稼ぐ」という、通称「大村方式」がそれだ。再びご本人の弁を引こう。

 「まず企業から研究資金の支援を得て、有用な化合物を見つける。そして発見した化合物の使用権を企業に渡す。企業がその化合物を実用化・販売したら、その売り上げに応じて特許料を私の研究室に入れてもらうというものです。

 私はイベルメクチンで得た特許料で病院を建てました。世界中訪ねても、特許料で病院をつくった大学の先生というのは私だけかもしれません」

 このシステムなら、国に頼る必要はない。そもそも国は、私大には助成金を出したがらない。前出・馬場氏は言う。

 「文部科学省の科学研究費補助金の配分は、旧帝大をはじめとする国公立大が約7割。ひどく偏っています。私学出身者で、当時としては珍しい産学連携から研究費を調達した大村先生がノーベル賞を受賞したというのは、まさに画期的なことです」


ビル・ゲイツのサクセス・ストーリーに共感 〔PHOTO〕gettyimages

 ごひいきはマイクロソフト創業者

 受賞理由となった、イベルメクチンの元となる微生物「放線菌」が静岡県の川奈ゴルフ場脇から採取されたというエピソードはすっかり有名になった。が、イベルメクチン商品化をめぐるエピソードはもう一つあるという。馬場氏が続ける。

 「1981年、イベルメクチンは動物薬として商品化されることになり、大村先生を始めとする北里研究所とメルク社で特許料に関するライセンス契約が話し合われました。

 最初の交渉で、メルク社は『オオムラが発見した放線菌の菌株を3億円で買いたい』と提案した。研究所の理事会はこの提案を受けようとしたのですが、大村先生は買い取りを拒否した。この薬が生み出す利益はそんな程度で済むものではないと読んだのです。

結局、最後はメルク社側が折れ、大村先生の提示した条件を飲んだ。その後、メルク社側から北里側に支払われた金額は現在までで200億円を超えています。あのとき菌株買収を拒否していなかったら、北里側は3億円にせいぜい若干のお礼を手にするだけで終わっていたでしょう」

 この莫大な収入を、大村さんは北里研究所の建て直しにつぎこんだ。

 大村さんが北里研究所の副所長に就任したとき、研究所は3億~4億円の赤字を抱えた貧乏研究所だった。大村さんの妻は「大学の教授に落ちついてやっと給料もちゃんと入るようになったのに、また給料の安い研究所に戻るなんて……」とぼやいていたという。

 ところが、構造改革、人材育成に取り組んだ大村副所長は、貧乏研究所を金融資産230億円以上の黒字施設に回復させた。研究者として超一流であることは言うまでもないが、経営者としても傑出した能力を発揮するアイデアマンなのだ。

 「先生には商人的感覚がある。ご本人もマイクロソフト創業者のビル・ゲイツが大好きなんです。彼は学者ではないけれど、一人であれだけの財を成した。その姿に共感するようですね」(前出・功刀氏)

いわゆる「専門バカ」とは違う。そんな幅の広さを象徴するのが、大村さんの絵画熱だろう。

 負けず嫌いの根底にあるのは「東大への対抗心」

 ノーベル賞報道がなされたとき、人々の度肝を抜いたのは、数年前に韮崎市の自宅跡に建てた自前の美術館を韮崎市にポンと寄付していた、というエピソードだ。

 大村さんは、イベルメクチンだけでなく、これまで26もの医薬品の商品化に成功している。医薬品研究者は生涯に一つ商品化できるものを見つけられたら大成功、といわれており、商品化されればそれほど実入りは大きい。特許料は研究所に入るとはいえ、その一部は、当然、大村さんに支払われる。

 かつて公表されていた高額納税者名簿によれば、大村さんの'03年分の納税額は1億3,500万円で、山梨県の高額納税者第3位だ。当時の税制で計算すると、推定年収は3億6,500万円! しかも単年だけの一時的な収入ではないから、大村さんは、まさに山梨きっての大金持ちなのだが、周囲の人々は、大村さんの私生活は、いわゆる金満家とはかけ離れたものだと口を揃える。

 「取材で何度もご自宅に通いましたが、私が接した限りでは、私生活で華美な消費をしている印象はまったくありませんでした。そもそも大村氏には贅沢をしようという発想がない。絵画も投機が目的ではなく、あくまで子供の頃から好きだった絵を見て心を休めたいという目的で買っていました」(前出・馬場氏)

 六十数年来の付き合いの功刀氏に至っては「あの人には、豪華なものとか派手なものは似合わないですよ」と大笑いする。

 「大村先生は高級ホテルやレストランでは食事はしません。田舎流です。町の飲み屋とか学生が泊まるような宿が大好きで、みんなでワイワイやっています。

 好きな酒は焼酎。いつも自分の焼酎ビンを持っていて、山梨に帰ってきたときは、その焼酎ビンを抱えて行きつけの蕎麦屋に行くんです。

 自宅は教え子たちの合宿所にしており、合宿が始まると先生は自分の親まで呼んでいました。とにかくオープン。あけっぴろげです」

 大金持ちだが気さくな先生は、故郷と絵画と本と教え子を愛している。

「先生の負けず嫌いは相当ですが、その根底にあるのは、東京一極集中、わけても東大への対抗心です。

 どこかの大学を卒業した後に東大大学院へ進学した人が、周囲の受けをよくしようと、学歴を東大卒とするでしょう。先生はそれががまんならない。だから、ことあるごとに『自分は山梨大学卒です』と公言しています。山梨の人間としては嬉しいですよ。

 肩書なんて必要ない、という矜持が先生にはある。それが人を惹きつけるのではないかと思います。努力家でもありますが好奇心旺盛で、読書も欠かさない。学士院会員なだけに、他の分野の学者との交流もあるから、話題もボキャブラリーも豊富で、座談の名手です。

 時折冗談をはさんで場をなごませるのもお手のもの。12月のストックホルムでのスピーチを今から楽しみにしていて、『スウェーデンの王様に笑ってもらわなくちゃ』と、すでに息巻いているみたいですよ」(前出・功刀氏)

 こんな面白い研究者が出るのだから、日本もまだまだ捨てたものじゃない—そんな気持ちにさせてくれる大村さんの授賞式を、われわれも楽しみにしよう。

「週刊現代」2015年10月24日号より



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