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光文書(ヒカリモンジョ)Vol.471 典獄と934人のメロス、について 精神学協会 2015年12月3日 

精神学協会


光文書(ヒカリモンジョ)Vol.471



典獄と934人のメロス、について



精神学協会 積哲夫 2015年月日

 この2015年12月に講談社から出版される坂本敏夫著「典獄と934人のメロス」という作品は、このクニの文学の伝統に、新しい地平を拓くものではないか、と私は考えています。

 それは、日本の近代文学において、私小説という日本独自の形式を生み出したのと同様の新しい創作様式が、ここからはじまるという予感があるからです。

  人間の頭の中で創造された小説という文学領域を人類史上はじめてつくり出したのは、紫式部という日本女性でした。このように、日本語というものは、たぶん、人間の脳を最も創造的にする特性を持った言語なのです。

 その日本語脳の言語空間において、たとえば、能楽というものにみられるような、すでにこの世を去ったものたちとの交流は、ある時期まで普通のことだったというのが、このクニの伝統としてあったということを、再発見させてくれるのがこの作品なのです。


 この創作方式は、いまから45年前の11月25日に市ヶ谷の自衛隊において切腹した三島由紀夫が、たぶん、人知によって歴史の闇のなかから再発見したものともいえますが、著者の坂本敏夫という人物の人生は、まさにこの作品を生み出すためにプログラムされたものだったということが、はっきりしています。

  坂本敏夫の祖父である森元桃隆は戦前の典獄であり、父である積賢治も戦後の広島拘置所の所長を務めましたが、その祖父も父も、今回の「典獄と934人のメロス」の主人公である椎名通蔵の薫陶を受けたという事実があるというのです。
 さらに、森元も積も、そのルーツは薩摩であり、縁は明治維新の人物群につながり、とくに西郷の島妻であった愛加那の一族であることははっきりしています。


 東北の寒河江出身の椎名の精神的バックボーンは、あの西郷南洲遺訓であったという運命の糸が、この作品の背景では結ばれていることを考えれば、何故、坂本が少年期を巣鴨プリズンから東京拘置所と名を変えたばかりの土地で育ち、刑務官への道を歩んだのかがわかるはずです。

 この作品を生み出すために、これまでの人生は用意されていたということを実感することができたときに人間は変わります。
 人間のたましいには、何のために生まれるのかという、人生のプログラムが刻印されているという、私がくり返しお伝えしている仕組みを理解するといってもいいのでしょう。


 人間は、神の子として生まれ人の子として、この世での役割をはたすのだ、というたましいの仕組みの背景には、過去、この世で生を受けた人間たちのたましいの輝きを継承していくという個人主義の西欧文明の信奉者には、理解不能な神のプログラムがあるのです。

 私は、これまでにもかつてあの世とされ、この世の彼岸にあるとされた霊界が、この21世紀には、人間界のなかに共存していることをお伝えしてきました。
 このような、精神的なエネルギーの場においては、過去にはなかった、精神界の存在とのコンタクトがごく普通に生じることになります。


 普通の人間の精神活動のフィールドが、大きく変化しているともいえるのです。もしかすると、三島由紀夫という天才は、どこかで、やがてくるその日を感知していたのかもしれません。

 三島はどこかで、自分が源氏物語の作者のような、文学史上における新しい創造性の開拓者としての役割を自分に課し、それを実現するために、生き急いだのではないかと私は考えています。
 それらのことは、やがて、あきらかにされるでしょうが、その文学的価値は、これから高まりこそすれ、忘れられることはないでしょう。


 文学は、人間の創造力に直結するものだということを知り、これからの日本をつくるために、美しい日本語を使う人間を増やすことが、これからのこのクニのテーマになるはずです。

 2015年12月3日 積哲夫 記

 この光文書に合わせて通信が届いているようですので、掲出しておきます。

—————————————————

2015.12.2(水)16:10 ~

 三島の遺志を 継ぐものが
 複数 用意された この地に
 「世界とは何か」を 知るものたちが
  いる
 三島と川端(受信者注:川端康成)が
  つむいだ言葉が
 本来の 日本人が
 世界へと 発信するために
 用意された 言葉だったと いうことを
 知る人間が
 どれだけ いるだろうか
 命を懸けて 自らの作品と 向き合った
 ふたりの作家が いることが
 知性の失われている このクニで
 新しい 価値を
 認められて
 本来 評価されるべき 人間と
 作品が
 世界の歴史の中に どのように 位置づけられて
 いくのかを
 知ることができる
 知性を 失わずに
 その最期まで 生きた人間の
 何と 稀有なことか
  それを知る 日本の人々は
 数少ない

————————————————

 やまとなる みちの
  をくにみえける ひを
 ともしひとして いくる みちの
 ありけれ
 たどるには あらで
 つきのひかり の もとで
 つまびく そう の
  ね を むすふ が ごとき
 もの を
 をのれをしらずば
  かくことも あらましに




獄典


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