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佐藤香織さんの「その後」について R K's blog 2015/12/20

Richard Koshimizu's blog


 佐藤香織さん「その後」について


 独立党の分断工作?
 I先生がそんなことを企図されているとは認識していませんが、その類の工作が、今現在、独立党の一部で進行中であることは覚知しています。w
 また、ほかの党員さんから、弘前での治療を断念した旨ご報告を受けています。
 どうもRKの知らない世界が、闇の中に広がっているようです。



Richard Koshimizu's blog 2015/12/20 08:50
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 2015年3月に弘前講演で登壇いただいた佐藤さん。

1月に悪性腫瘍と診断され、以後、弘前のI先生の診断と治療を受け、3月20日にはOリングテストと超音波検査でがんが消えていると診断されたとのこと。大変喜んでいたのですが、その後の経過については、報告待ちの状態でした。そして、いささか残念なご報告をいただきました。

RK講演会で取り上げた事案であり、「その後」についてもRKもいくばくかの責任を負っていると考えます。多くの方に事実を知っていただく必要があると思い、ご本人の承諾を得て、報告文を公開いたします。

事実関係については、私RKの与り知らぬところもあるので、断定はできません。しかし、講演会での報告とは異なる結果が出ていることは、少なくとも事実のようです。よって、これを講演会参加者、視聴者の方に知らしめるべきと判断しました。


まずは、3月24日の報告文をご一読ください。

輿水先生、お疲れ様です。

 I先生のご依頼で私のこれまでのガン告知から治癒までをまとめました。たくさんの方々に関心をもっていただけて有難いです。感謝です。稚拙な文章で申し訳ないのですがご容赦下さい。何卒宜しく申し上げます。

党員番号●●●●  佐藤香織

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佐藤香織 昭和46年(1971年)9月7日生まれ 満43歳 婚暦無し 出産経験無し

3年前(2012年)より生理ではない不正出血が始まり、以来毎日の出血で生理か不正出血かの判断もできなくなったが、何の治療もせずに放り続けた。

去年(2014年)は寝込むほどの下腹部の激痛がたびたびあり、出血も多くなり、慢性的な貧血も重くなっていた。(夏ごろから針で子宮を突かれるようなチクチクする痛みが始まった。)

同年12月26日にこれまでにない大出血があり、市内H病院にて400cc輸血。(鉄材と胃薬を処方してもらいこの日より服用)

明けて1月5日再びH病院にて経過を受診。

大出血の原因を検査すべく市内G病院を紹介してもらい、翌日6日にG病院で受診。(以降はG病院へ通院となる)

この時に子宮頸部(子宮の入り口付近)の内膜ポリープを3つ切除、子宮内膜組織の一部を切り取り、組織病理検査へ送られられた。

1月13日(火)に検査結果として「組織検査の結果は悪性腫瘍であった」と告知された。

1月15日(木)MRI

1月16日(金)PET CT

1月20日(火)に精密検査結果として「転移はない、子宮体癌ステージ1から2に移行するあたりの過程である」と告知された。

この時に提示された治療方法として抗癌剤→手術→抗癌剤と放射線治療と説明された。
(この時のやりとりはブログを参照してください。http://67184743.at.webry.info/201501/article_2.html

そしてフェイスブックに癌告知について投稿した際に、党員のT先生よりI先生を直接紹介していただきました。その投稿にはたくさんの党員の皆様から「I先生にお任せですね」「I先生にお願いしてみては?」とコメントもいただきました。

それ以降はこれまでずっとフェイスブックのチャットメッセージで頻繁にご指示をいただくこととなりました。(月に一度弘前のクリニックに受診に伺っております)

告知を受けた1月20日に「指定の調味料をすべて揃えましょう」とI先生から最初の指示をいただき、すべてネットショップで注文。

1月24日にほぼ揃ったところで食事療法スタート。この日に小川町で有機野菜を作っていらっしゃる党員のTさんからも有機野菜が届きました。(御厚意で無償でくださいました。感謝です!)

この安全なお野菜をいただいたお蔭様でオーリングテストができない最初の段階から安全な食事を食べることができました。(私がオーリングテストを早く体得できたのはTさんのお蔭様です。)

以降自分でオーリングテストができるようになるまでしばらくは食事はすべて写真をフェイスブックにアップしてI先生にオーリングテストをしていただいてました。

食事は鮮魚を中心に和食とし、肉、乳製品は完全排除、間食はフルーツかスープのみとしました。

もちろん加工品(スープのもと、ダシのもと、めんつゆ、ケチャップ、ソース、マヨネーズ、出来合いのお惣菜、水煮など)もすべて排除です。

腸内細菌叢を作り上げるために白米ではなく玄米を主食にしました。

ともに経皮毒(シャンプー、リンス、洗顔ソープ、ボディソープ、台所洗剤、掃除洗剤、洗濯洗剤など)となるものも排除して指定のもののみを使用、化粧品の類も一切不使用としました。飲用水も指定の水(白神山地の水をお取り寄せ)のみとしました。

そして1月31日(土)に弘前の池田レディスクリニックに初めて受診に伺いました。この時にオーリングテストをじっくりと教えていただきました。

そして内診で「この腫瘍は大きいし手強い、転移がないうちに手術も視野に入れたほうが良いかもしれない、真剣にやらなきゃ死ぬよ。」と厳しいお言葉が出ました。

次の受診までの1ヶ月で腫瘍の縮小が見られなかったら手術、というギリギリの賭けでした。講演会でI先生から説明があった糖鎖と珪藻土のサプリメントを購入しました。(全部あわせても3万円程度です)

翌日2月1日から腸内細菌叢を作り上げるために珪藻土水を1日3回×3日飲用。(玄米が腸内細菌叢のエサになるそうです)希釈した珪藻土水を膣内に投与をスタート。(4日に一度)糖鎖(カプセル)も飲用スタートしました。

2月5日には腸内細菌叢は100パーセントまで機能が上がりましたので、この頃には自分でオーリングテスト判定ができるようになりました。

以降は自分で気を付けていたことは腸内細菌叢の機能を崩さないこと(オーリングテストがNOというものは一切食べない)と腸を温めること(遠赤外線ホッカイロ)です。

そうしているうちに子宮の痛みがなくなり(チクチク痛、鈍痛、腰痛)、出血が劇的に少なくなったことを自覚しました。(2月18日頃)

顔色も良くなり体が軽くなっていきました。(体重ばかりではなく活動的になった)心もポジティブ&アクティブになり態度や言葉が変わったせいか家族のいさかいもなくなり、ストレスを感じることがなくなりました。なんでもかんでも有難くなって常に小さなことにも感謝があふれてくるようになりました。MSG(グルタミン)がいかに精神をも破壊するか痛感しました。

2月28日(土)に池田レディスクリニックに受診。このときに池田先生より「腫瘍がない」と診断されました。

以降も池田先生のご指導を守りながら変わらない生活をし、3月16日に糖鎖サプリを飲み終え、珪藻土水の膣内投与も終えました。

3月17日(火)に市内G病院にI先生の紹介状を持って精密検査をお願いしに行きましたが、乱暴に内診され、超音波で腫瘍に変わりがないことを認めたので精密検査は必要ないと断られました。(顕微鏡検査もしてくれませんでした)大出血や急変もウチでは見ないからね、と言われました。(精密検査については別の医師に依頼することになっています。)

講演会の前日20日にクリニックで受診し、再度内診で超音波検査をしました。この時に病理組織検査(子宮内膜組織切除)もやっていただきました。(結果はまだ出ていません)超音波でも腫瘍は見当たらないそうです。

体温は20代前半から35.2℃でずーっと低体温でしたが、2月15日頃に36.2℃前後、3月に入ってからは36.6℃をキープできてます。

体重は1月20日で90.0kg、3月24日(今日)で79.5㎏でトータルでマイナス10.5㎏です。
私は党員の皆様の御厚意の連携で命を救われました。

T先生や他の党員の皆様からI先生をご紹介いただき、小川町農家のTさんが安全なお野菜を送ってくださり、今の私の命があります。感謝してもしきれないほどです。

ですから私はすべてを公に出して戦うことを決意しました。


支えて命を繋いで下さった皆様に恩を返したい思いと、医療に殺され行く人を救いたいという思いです。

RK先生、I先生、独立党の皆様にご縁を持てたことが今の私を生かしてくれています。本当に、本当に心より感謝申し上げます。そして今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。



そして、11月末に、↓こんなメールをいただきました。退院直後の佐藤さんともお話をさせていただきました。

輿水先生お久しぶりです。

1月の支笏湖丸駒温泉と3月の弘前講演会では大変お世話になりました。あれから9ヶ月、今になっての私のその後の経過について、大変申し上げにくく、大変心苦しいご報告をしたくメールしました。

自分の周囲の状況を鑑みてこれまで誰にも言えずに悩んでおりましたが、やはり真実を申し上げなければならないと腹を括って畏れながらご報告いたします。

3月21日の弘前講演会で登壇させていただいて、I先生のオーリングテスト診断での「癌が消えた」体験をお話させていただきました。

I先生は皆様の前でもハッキリと私の癌の消滅を言ってくださいました。

しかしその5日後、I先生から組織検査の結果、癌細胞は消えていないことを告げられました。オーリングテストの診断も超音波検査も誤診だったのです。(誤診だったのか、ウソだったのかは判断できませんが)

この時にI先生は「オーリングテストでは間違いなく癌は一度は消え去ったといっている、今ある癌細胞もあと1週間で消えるといっている」と言いました。

そしてまたサプリメントの飲用をこれまでの倍の量で再開しましたが、1ヶ月経ってサプリメントをすべて飲み終えても状況は変わりませんでした。

私は痛みがなくなり、体温が上昇し、出血もごくごく少量になったことは事実であったため、I先生を信じてなおかつほどなくして癌が消えると信じておりましたので、誰にも何も言わずに食事療法と経皮毒の排除を続けながらオーリングテストと腸内細菌の重要性を拡散すべくI先生のお手伝いを続けて、フェイスブックでオーリングテストのグループを作り、勉強会を企画しました。

しかし私は発起人でありながらその勉強会には経済事情で参加できませんでした。そしてその直後から私はI先生から以前のようにご指導をいただけなくなりました。経済事情の悪化でしばらくの間通院が難しくなることを相談した際には「オーリングテストは遠隔でできるから何も問題はない」と言っていただいていたのですが、その後いざ出血の報告をしても「診断材料がないからわからない、近所の病院にでも行ったらどうですか?」と突き放され、メッセージを送ってもろくにお返事もいただけなくなりました。

それでもバカな私は「まずは弘前のクリニックに受診に行けるようになるまでがんばろう」と決め、I先生を信じて食事療法などをそのまま続け、出血があっても他の病院には受診せずにドラッグストアで鉄分のサプリメントを購入してなんとか体調を維持しておりました。

そして10月23日に恐れていた大量出血があり、私は自宅トイレで倒れて救急車で五稜郭病院(最初に癌と診断された病院)に運ばれ入院、1200ccもの輸血をしました。

(ヘモグロビン値が通常は12~15なければならないところ、この時の私は4.7しかなく、失血性ショック、心不全などの恐れがあったそうです)

五稜郭病院の医師から手術を強く勧められ、それをI先生にメッセージで相談しましたら「手術をするか、そのまま退院するか、選択肢はこのふたつです。後者を選択すればまた同じことが起こるでしょう。」との無難なお返事でした。

もはやI先生は私の相談に乗る気もないのだと、ここでようやく私も目が覚めました。そして追い討ちをかけるように「私の治療を失敗する人は親や先祖に対しての感謝が足りない、そんな人はどんなに腸内細菌叢機能を高く維持していても腫瘍は肥大していく、貴方にもそれが当てはまるような気がしてならない。」と言われました。
体の具合悪さと無念さと悔しさに苛まれて死にたい気持ちでした・・・。

I先生のお立場を考えて誰にも言えずに、言えない後ろめたさにフタをしてまで信じてきた私でしたが、結局は私が一番愚かでした。

オーリングテストのグループ内でも後ろめたさで何にも投稿せずに管理だけしてきましたが、近頃はカルトじみてきて私には理解できない世界になりました。

結局私は11月12日に子宮、卵管、卵巣、リンパ節の摘出手術を受けまして、今日(11月29日)退院しました。
1月に癌と診断されたときはステージⅠbでしたが、術後の診断ではリンパ節に転移がありⅢcの評価でした。
もちろん抗がん剤と放射線治療を勧められましたがこれは断固として断りました。

今後は癌が再発しないようにと、リンパ浮腫、更年期障害との闘いです。

多くの人たちの希望となるべく登壇させていただいたにもかかわらず、本意ではないとはいえ私は数ヶ月の長い間輿水先生をはじめ党員の皆様や講演会出席者や動画視聴者を騙し続けて参りました。

大変申し訳ないことでした。

心からお詫びいたします。

今思えばあの弘前講演会以来、I先生はすっかり人が変わってしまったようにも思います。オーリングテストを悪用してオーリングテストグループ内で高価なサプリメントを売ったり、高価な電磁波グッズを売ったりしています。
勉強会に参加した数名の党員さんもI先生が作ったとされる高い腸内細菌サプリメントを購入したようです。

そして弘前講演会の数日後に「リチャード・コシミズはご家族の命の安全と引き換えにあちら側の言いなりだ、私たちは別の方面で人を助けていかねばならない」と私に言いました。

I先生とオーリングテストを信じていた私もその時は言われるがままそう思っておりました。

しかしそのことに関してはオーリングテスト勉強会後のI先生の豹変を見て「それは違う」と気付きました。今思えば悲しいですがI先生は私を宣伝材料として利用したのかもしれません。

実際フェイスブックのオーリングテストグループは立ち上げてから8ヶ月で700人になっています。

今グループの管理はI先生と一番親しい方に任せており、私は折を見て脱会する予定です。

まずは輿水先生にご報告とお詫びをさせていただいてから親しくさせていただいている党員の皆様にも真実を告げようと思った次第です。

輿水先生、本当に本当に申し訳ございません。

何かご不明な点や聞き取りが必要でしたらご連絡ください。

(電話番号) 佐藤 香織

「1月に癌と診断されたときはステージⅠbでしたが、術後の診断ではリンパ節に転移がありⅢc」とのことで、これはなんとかしないといけない事態となりました。

癌患者の団体の事務局長をなさっていたMさんに連絡を取り、佐藤さんにアドバイスをして頂けるようお願いしました。多くの癌患者の「行く末」を見てこられたMさんなら、事後の癌との付き合い方を的確にアドバイスいただけるのではないかと思ったからです。


リチャード・コシミズ さま

佐藤さんの 「ガン治療について」 その後をご報告致します。

メールに書いてあった電話番号に連絡を、メールでやり取りをしました。

私は、「モクレンの日常」 というブログを書いています。

http://mokuren.ldblog.jp/

主な内容は、ガン治療や生活習慣病の改善方法についてです。

それを読んで頂いてから、スカイプで顔を見て話をしました。

I先生への恨みは消え、教えて頂いたことに感謝されているということです。

手術をされて、心身ともにスッキリされたということです。

ブログ記事に、思い当たるところがあり不安が解消されたということです。

ガンに関して、不安がでたらいつでも連絡を頂けることになっています。

元気な様子でしたので、心配はないと思います。

リチャード先生に連絡のメールをしたのは、講演会に登壇してガンが消え回復したと思っている、独立党の方に、消えてなく再び現れたことに嘘をついている、後ろめさがあったという事です。

加えて、函館に住まわれていて、距離的にもI先生と離れているので詳しい事情は分からないですが、I先生が独立党の分断工作をされているのではないかという疑問がわいたので、先生に報告をするためにメールをしたということです。

遅くなりましたがご報告させて頂きました。

M


 独立党の分断工作?I先生がそんなことを企図されているとは認識していませんが、その類の工作が、今現在、独立党の一部で進行中であることは覚知しています。w また、ほかの党員さんから、弘前での治療を断念した旨ご報告を受けています。どうもRKの知らない世界が、闇の中に広がっているようです。

 多くの方を誤誘導する危険を排除するため、以上の情報をあえて開示いたしました。RKの情報発信で、ご迷惑をお掛けした方がいるかもしれません。お詫び申し上げます。


よろしく、ご勘案ください。

2015年12月20日

リチャード・コシミズ


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